2014年09月30日

善悪について考えている・・・考えちゃってる

絶対的な善悪の基準があるのかどうなのか、ってこと。

私の中にはなくて、それはいつもいつも揺らいでて、
何に縋り付いてるかっていえば、これやったら逮捕されるのかな、
これやったら怒られるのかな、
っていうね、
誰か基準。何か基準。法律基準。

これいいことだから、ぜひ進んでやろうとかいう気持ちにはとうていなれない。
困ってそうだから席かわろうとか、
景観を損ねてて大変不愉快だからゴミ拾ってておいてやるぁとか、
そういうことすると、はたから見るといい人だと思われがちだけど、
内情、そんなものじゃないのかしら、なんて思っている。

てことはさ、いいことしなさい、悪いことしなさんな、ていうのは、
「他人から見ての」いいこと、悪いことであって、
私から見ての、ではないってこと。
それってなんか、なんか・・・なんかもやもやする。

倫理観がどうのとか、道徳的にどうのとか、
もやっとした空気を押し付けられるのが社会性ってやつなんだろう。か。

あ、ちなみに偽善とか偽悪とかどうでもいいと思ってる。
それは善であり、悪である。
posted by カシラ at 11:13| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

考えるから人間てめんどくさいのさ

ふと、思った。
仕事とか、義務的なことが、目の前に差し迫ってるとして。
少し先のやなんだろうなあてことを考えて
お腹イタイやーてなるのと、
少し先のきっと楽しいぞ!てことを考えて
足取りが軽くなるのと、
その少し先の結果はそれほど大きな違いがあるだろうか。

きっと、行ってみなきゃ、やってみなきゃ、
何もわからないだろうなあてゆ、意味では

ネガティブだろうがポジティブだろうが変わらんだろうな。

じゃ、考えることやめちゃえばいい。
それがでーきーてーたーらーーー!!
とっくに人間やめれてるーー!!!

めんどくさ。
人間てーものは。
posted by カシラ at 07:45| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月25日

カラコンによる黒目がでかすぎるとゆーご意見

こないだ姪っ子4才の前で、
「フミェーネーチャンは偽物の目ん玉を入れてるからね、
夜になると外すんだよ」
と、言いながら颯爽とでっかい黒目を外した。
姪っ子、「おおお!」と感動。

翌日、寝る前の歯磨きをしながら姪っ子はおじいちゃんへ話すのだ。
「あのね、フミェーネーチャンは目ん玉外すんだよ。
おとーちゃんも、おかーちゃんも外すんだよ。
だからココも外す!」
言うやいなや目ん玉を素手で掴む。
「いってー!」
姪っ子の、目ん玉外す計画は泡と散った。
あー、面白かった。

で、なんであたしが黒コンをしているかだが、
必需品のコンタクト使って多少整形できるなら一石二鳥じゃん?
副産物、落としてもすぐ見つかる。これはかなり助かってる。
でもなんでそこまででかくする必要あるんだ!
とね、母あたりはギャアギャア言うのよ。

探したんですよ、あたしゃこれでも。
自分のベースカーブに合うやーつ。
ベースカーブって目ん玉のカーブね。
これが合致してないと不快感。
ひどいとできないの、落ちてきちゃって。

ないのよ!!!
べースカーブ8.9!

でさ、やっと見つけたのが今のやつ、だけ!だったのよね。。
最強、ウルトラビッグ、ただ、これ、だけ!

もし、もーし、もーーーし、万が一、
ご存知の方いらさったら教えて欲しい!
ベースカーブ8.9のカラコーン。
黒がええです!

カラコン専門のお店にも行ったことあるー。
ベースカーブ8.9ないですか?
聞いたら、愛想の悪いギャルに、
は?そんなのあるわけないじゃん
みたいなこと言われたわ………

け!!!!!
posted by カシラ at 09:02| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月23日

夏はなかったよねって言ったら、いやあったよって笑

IMG_0796.jpg

悪化している。
持ってるやまい的なやつが。
具体的に言うと、中二病が。
抽象的に言うとキルケゴール的死にいたる病が。
で、どうしようか考えたけど、
どうしようもない。これこそが病。
絶望っていうやーつ。

自分の中でやる気と絶望が真っ二つに引き裂かれて、
もう埋められない溝がどんどん深くなっていくのが分かるけど、
分かるだけで、対処ができないという状態。

ちなみに希望は、ない。いまのとこ。この一瞬のことだけど。

あ、こないだね、思ったの。
わー!!!!私不幸だ!

幸せの真っただ中にいて、
わーーーー!!!!私!いま!いま!!!とっても幸せ!!!!
っていう風に感じられないのと同様、
不幸ってのもそうそうリアルタイムで感じられないものなんですね。

それをめっちゃ自覚したとき、
ああ、生きてるなあってとてもとてもカタルシスを感じた。

それってめぐりめぐって幸せなことだよなあって、
そしたら不幸も捨てたもんじゃないなと思った。

そんな中二病こじらせて困ってますね。

熱はかったら、平熱だった。
あら、希望に満ちてたときには発熱してたわよ。

平常ってのは、絶望ってことなのか。
ならば、納得。

自分の思考がなにかにつけめんどくさいので、
自分が作り上げた世界が爆発すればいいのにと思っている。

ヤマイが悪化している。
posted by カシラ at 02:59| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月22日

しっかりしないとこがいいとこ

うちの旦那はなんだかふにゃふにゃしてます。
他者がより認めるふにゃふにゃぷりです。
それを本人は「優しい」ことだと思ってます。
それについて、私は感想を言いません。
多分私は、旦那のそういうふにゃふにゃしたとこを気に入っているんだろうと思うからです。
優しいかどうかはどうでもいいのです。
煮え切らないとこがいいとこなんですよ。

その代わり、しっかりする担当はわたしが引き受けると決めています。
ですが、ここにも問題があって、私のしっかり具合は、多数派のあるタイプの人から見ると、だいぶ刹那的で、何にも考えていないように見えるようで、
しっかり反感を買います。

思うのですが、この世にオトナはいません。
分類分けしますと、子供、思春期、色んなタイプの人間
これだけです。
色んなタイプの人間の中の多数派を占めている部類の人のことを、
一般的にはオトナと
呼んでいるようです。

オトナと呼ばれているタイプの観点から話しましょう。

いま、我慢して将来のことを考えなさいと言います。
どうせ将来そうなるようにあなたはまわり道ばかりしているのだから、
いまがまんすれば節約になることがどうしてわからないの?

オトナはそう言います。
私には妬みにしか聞こえません。
いまガマンしないのは、お金で今を買っているのです私は。
どうせそうなるにしろ、いま、我慢して死んだ魚の目をぶら下げることに価値を感じません。
私は、
いま、も生き生きしていたいから我慢なんて無駄なことをしないのです。
それはワガママだとオトナは言います。
勘違いしていただきたくないのは、私は貯蓄は大事だと思ってます。
しかし、イマ心がピーンときたことを我慢してまで貯蓄に回しなさいというのはどうなのか?
オトナは、自分たちが死んだ魚の目をぶら下げて生きていた時代、
私が生き生きしていることが憎いのです。

私はオトナから見れば刹那的なんでしょう。
なんせ、いつ死ぬかわからない、をスローガンに生きてますから。
未来は、生き生きした今の積み重ねで輝くものじゃないですか?

これはきっと、少数派のタイプです。
posted by カシラ at 16:06| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

69

今更だけど読んだ。
わたし、村上龍はあんま好かない。
けど、ぐいぐい読んじゃう。
好きの反対は無関心だっていうから、
嫌いってのも関心対象として、なんら矛盾などはない、のかも?

とにかく1969年、17歳の自伝。

読んでたら、15歳の私を思い出した。

「体育祭逃げ出した生徒会長なんて前代未聞だよね」
と、先日古い友人に言われた。
違うよ、逃げ出したんじゃないよ。
帰れって言われたから、はい、て帰ったんだよ。
と、事実のすり合わせを今さら行った。
だいたいね、わたしは理由なきルールの押し付けが大嫌いだったよ。
体育祭なんだから、学校ジャージを着て元気に挨拶すればいいと思いませんか?
なぜ、わざわざブルマにならなきゃいけないの?
今の時代はハーフパンツだからいいけどさ、当時はブルマ!
は!なにそれ!
わたしは人前でハミパンなどしたくなかったし、足がぶっといのがものすごくコンプレックスだったので、ジャージでやりますと言いましたよ。
そしたら、ダメだってさ。
は!なにそれ!
理由はなんですか?
わたしは絶対に人前でハミパンしたくないんで、ブルマだけはいやです。
それに、コンプレックス晒して傷ついてまでそのかっこする意味が分かりません。
関係ない!ブルマが嫌なら帰れ!

ですってさ。

だから帰りました。
副会長の男子に挨拶文託して帰りました。
帰ったけど、なんか悔しいしムシャクシャしてリストカットしましたね、
あ、その年頃のメンヘラの特徴としてね、リスカ。

その後、学校では、私を呼び出す放送が延々流されていたそうです。
おうち帰ったのは朝。
お昼くらいかなあ、電話かかってきたの。
いいから来なさい。
ブルマはいやです。
分かったから来なさい。
謝罪などしなかったし、奴らからも特に何もなかったと思う。

しぶしぶ学校行って更衣室に入ったら、学年のちょっぴりヤンチャなグループが溜まってた。
てもわたしは、その中のリーダーたんとはご近所だし仲良し、あ、今でも仲良し、普通に談笑して、そんな散々呼び出されてたことなんて話題にものぼらなかった。

「呼び出されてた?笑!知らなかった!20数年ごしに事実を知ったわ」
「みんな気を使ってたんじゃない?生徒会長とか、プレッシャーなんだろなあって…」
もし、それが本当なら、当時の同級生に土下座したいぐらい申し訳ない。
わたし、プレッシャーなんてこれっぽっちも感じてなかった。
ただ、体制に対する反抗心しかなかった。それも個人的な。エゴまるだし。

「でもさ、そういう理由で帰ったんならすごくいいと思う。もしかして、そうやって、にしちゅーを変えていったのかもね」

そんなわけないとは思うけど、もし少しでも引っ掻き傷つけれてたんなら、
本望だ。



そういうことを思い出した作品だった。

ちなみに反体制精神は、いまでもくすぶってる。
村上龍なんて嫌いだけど、ものすごく私を揺さぶる。
最近のはどうだか分からないけどね。
なにせ嫌いだから読まない。


posted by カシラ at 18:51| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする