2014年03月11日

3.11を振りかえってみたけど、記憶が曖昧

たびかさなる津波到達実況をラジオで聞きながら宮古の自宅へ戻ると、
高台の我が家周辺は、もはや避難住民で溢れておりました。
両親は車のナビでテレビを見ており、
なんだかすごいことになってるらしいと混乱した頭で思った、ような気がします。

翌日、会社の支配人が安否確認に来て、
明日出勤してくださいと言われました。

私は、葬儀屋勤務でした。
出勤してみたら、、、
そこからの3週間あまりは、実際、あまり記憶がありません。
みんな休みなしで働きました。
ご遺体が次々運び込まれ
ホールは棺で埋め尽くされました。
火葬予約が取れた順に棺は運ばれ、
空いたスペースにまた新しい棺が運ばれました。
私はひたすら、棺にお名前を書き続けていた、ような気がします。
機械的に棺の置き場所を確認し、
ご家族の皆様を案内し続けました。

私の感情が壊れるのは、帰り道でした。
突然涙が流れ出て、止めようもなく、
毎日号泣しながら帰りました。

中でも子供用の小さい棺は、もう見たくありません。
小さな棺にすがって泣くお母さんたちの声が、
今でも耳を離れません。

そうして、忙殺されている間、
私のケイタイは音信不通状態でした。
友達は、みんな、私の安否を気遣ってくれていたようで、
あとからきいて、大変ありがたかったです。

少し落ちついたあと、
私は音声訳というボランティアをやっていたのですが
復帰し、広報など録音したものを
災害エフエムラジオに届け続けました。

一旦震災から離れようと、私の中で変化が起きたのは、
転職してからです。
葬儀屋での、震災犠牲者の法事や慰霊祭の運営から離れ、
音声訳を休止し、
宮古を離れたあたりです。

風化したわけではないですが、
忘れたかった、のかもしれません。。。

しかし
忘れることなどできようもなく、
出来事ではなく、
雪や、寒さや、感情といった、感覚で、
私はずっと震災と付き合ってゆくのだろうという気がしています。

出来事は、色々あったんですけどね。
そりゃそうだよね。
みんな色々あったよね。。





posted by カシラ at 01:20| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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