2014年09月22日

しっかりしないとこがいいとこ

うちの旦那はなんだかふにゃふにゃしてます。
他者がより認めるふにゃふにゃぷりです。
それを本人は「優しい」ことだと思ってます。
それについて、私は感想を言いません。
多分私は、旦那のそういうふにゃふにゃしたとこを気に入っているんだろうと思うからです。
優しいかどうかはどうでもいいのです。
煮え切らないとこがいいとこなんですよ。

その代わり、しっかりする担当はわたしが引き受けると決めています。
ですが、ここにも問題があって、私のしっかり具合は、多数派のあるタイプの人から見ると、だいぶ刹那的で、何にも考えていないように見えるようで、
しっかり反感を買います。

思うのですが、この世にオトナはいません。
分類分けしますと、子供、思春期、色んなタイプの人間
これだけです。
色んなタイプの人間の中の多数派を占めている部類の人のことを、
一般的にはオトナと
呼んでいるようです。

オトナと呼ばれているタイプの観点から話しましょう。

いま、我慢して将来のことを考えなさいと言います。
どうせ将来そうなるようにあなたはまわり道ばかりしているのだから、
いまがまんすれば節約になることがどうしてわからないの?

オトナはそう言います。
私には妬みにしか聞こえません。
いまガマンしないのは、お金で今を買っているのです私は。
どうせそうなるにしろ、いま、我慢して死んだ魚の目をぶら下げることに価値を感じません。
私は、
いま、も生き生きしていたいから我慢なんて無駄なことをしないのです。
それはワガママだとオトナは言います。
勘違いしていただきたくないのは、私は貯蓄は大事だと思ってます。
しかし、イマ心がピーンときたことを我慢してまで貯蓄に回しなさいというのはどうなのか?
オトナは、自分たちが死んだ魚の目をぶら下げて生きていた時代、
私が生き生きしていることが憎いのです。

私はオトナから見れば刹那的なんでしょう。
なんせ、いつ死ぬかわからない、をスローガンに生きてますから。
未来は、生き生きした今の積み重ねで輝くものじゃないですか?

これはきっと、少数派のタイプです。
posted by カシラ at 16:06| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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